「泣くな天助」

 

 生涯で10回以上読んだ本はありますか。

 わたしは、この「泣くな天助」ただ一冊です。あの「星の王子様」も3回止まりです。

 昭和30年「少年画報」1月号の付録であった、山内竜臣作の漫画の読み切り本です。

 当時わたしは、小学5年生で、親から買ってもらった初めての雑誌でした。

 その少年画報では赤胴鈴之助が大人気で、表紙をめくると、あの、兄弟子の竜巻雷之進との果たし合いで、赤胴鈴之助の一撃で、竜巻雷之進の額から血が滴るのを見て、「竜巻さん、これを」といって、手布を手渡す名シーンが、ページ一杯に描かれており、それを真似てノートに描いたものだった。

 赤胴鈴之助にも熱中したが、それ以上に長い間、誰にも言わずに密かに愛読していたのが、付録についていた読み切り漫画本の「泣くな天助」だったのだ。

 風邪で学校を休んで寝ていたときには、決まって布団の中で、これを読んでいた。

 その後、中学、高校と進むうちに、家の中には雑誌や漫画のたぐいは、ただ一冊この「泣くな天助」を除いては一切なくなっていった。

 そして、受験勉強も重くのしかかってくる頃、気分直しに「泣くな天助」を読もうとしたら、どこにも見当たらないのだ。親に見かけなかったかと問うと、それは近所の子供にあげてしまったとのこと。わたしが大切にしていることを伝えていなかったから、しかたないかもしれないが、たかが漫画だから、不要なものとして、処分したとのこと。

 どんなに、くやしかったことか、今思い出しても、胸がつまる。

 その「泣くな天助」をこの度ネットオークションで見つけて、2500円で落札した。

 みなしごだった天助は、ただ剣が強いだけの悪童だったのが、たまたま毒殺された若様とそっくりだったことから、偽若様として、城を我が物にしようとする一味に加わってしまうが、それを知ってか知らずか、妹の姫が、ひたすら気遣ってくれ、人の情けに触れたことがない天助は、とうとう姫を暗殺しようとする一味に猛然と反逆する。

 そして最後に実は自分は偽物であり、「姫は何も知らないのだ」と「打ち明けてしまう。

 そのとき、姫は「いいえ、みんなしっています」と答える。

 男は泣かない、まして剣士は、だけど、、、、。で終わる。

 わずか102ページ漫画であるが、内容が深く、濃い。今読んでも少年の様な胸のときめきを覚える。この漫画の作者山内竜臣氏にはもっと活躍してほしかった。

 この本と出会ったのが12歳、そして再び出会ったのが、72歳。還暦から数えると12年目というのは、単なる偶然であろうか。