古希を迎えて
とうとう満70歳、古希を迎えてしまった。学生時代に「50歳過ぎてまで生きていようとは思わない」と友に語っていたことを、ついこの間の事のように覚えている。それは多分、体力・気力とも低下しては生きる希望も失ってしまうだろうと予測したからだったと思う。そして今、確かに体力も気力も低下していることを実感する今日この頃である。
体力・気力の衰えに加え、体の各機能の衰えが加速度的に進行するのもこの年齢の特徴ではないかと痛感させられる。
俗に言う「歯、まら、眼」に始まり、腰痛、高血圧、手足の関節痛やしびれ、メタボなど加齢に伴う症状は一通り経験した。同世代が集まればほとんど互いのそれらの情報交換ばかりになってしまうのは、仕方ないのかもしれない。若い世代にはとても受け入れられないそんな後ろ向きの会話が、高齢者には結構弾む会話であることが多い。それは、それだけ高齢者にとっては切実な問題であり、また、それを乗り越えた達成感も、若い世代の成功体験に匹敵するくらいの、喜びを伴うこともあるからだろう。
私も、脊柱管狭窄症による腰痛に悩まされていくつかの専門医の診断・治療を受けても効果がなかったものを、インターネットでいろんな腰痛体操の情報を取り入れ実践した結果、見事に快癒した経験は結構自慢したい話題である。
そのほかの各症状は悪化の一途であり、希望を見失いがちな今日この頃である。
特に右手の関節痛(専門医によると、ヘパーデン結節・ブシャー結節と呼ばれる変形関節症)には悩みが深い。特に右手の指に顕著であり、ゴルフのグリップやギター演奏に多大な支障がある。ゴルフ歴40年、ギター歴50年の蓄積を捨てることを意味している。
習い事というのはその時々の楽しみもさることながら、それらの蓄積による夢の未来を求めて、続けてきたことも正直なところである。それを高齢だからといって、いくら流行とはいえ、”断捨離”なんてできない。この二つをすてることは本当に生きる希望を捨てることにつながる恐れがある。
そこで最後の手段として、ゴルフ学校の個人レッスンコースで指導を受け始めて3ヶ月になる。何とか合理的なスイングを身につけて、指にかかる負担を軽減する方法を探っている。ギターは、比較的症状が軽い人差し指を主体に演奏する方法を模索中である。また、マンドリンクラブではギターではなく、ピックで演奏するマンドセロを受け持って、指の痛みを少しでも回避している。まあできる範囲で続けて行こうということである。
その他高齢化に伴う症状では、疲れやすくなってきたことである。疲れやすいというのは気力の低下を伴う。好きで続けてきた社交ダンスレッスンも、最近疲れやすくなり、うまくなりたいという気力がともすると疲労に負けてしまうことがある。正規レッスン後のフリータイムを棄権しようとする私に、指導者から「もう帰るの」と声かけられる。うまくなりたいなら「貪欲にフリータイムまで活用しなさい」ということであろう。疲労が先行するといろんな理由をつけてさぼろうとすることになる。暑くなると、汗かきな自分は相手の女性に迷惑をかけるから、夏の間だけでもレッスンをやめようとか、相手の女性の一言一言が、ヘタな自分への当てつけのように聞こえたりと、すべてがマイナス思考になってしまう。指導者は「池田さんうまくなれば女性はそんなことだれも言わなくなるし、そのためにレッスンをしているじゃない」と言う。たしかにそのとおりである。それも疲労による気力の衰えの結果かもしれない。
疲れやすさは、自給自足農園生活にも及んでいる。少しでも良いものを作ろうとしているのだが、害虫や病害に負けてしまうことが多くなった。野菜栽培というものは基本的に、粘り強い観察眼と探究心に基づく、手間を惜しまない対策の実行でしか達成できない。
マスコミなどで紹介される「こだわりの○○」はほとんどこれによる成果である。
ことしはジャガイモという簡単な作物もろくな出来ではなかった。毎年、新ジャガを倅達に送ってやるのがひとつの励みであったが、まことに遺憾なことではある。これも体力気力の衰えからくるものかもしれない。
以上のように、何をするにもより上を求める向上心というものが低下してきたことを実感せざるを得ない。何かをしたい、そしてそれをより向上させたいというのは結局生きる活力そのものであろう。生きる活力の低下ということが高齢の意味する最大の課題のような気がする。
テレビなどで、健康で長生きするには、好きな趣味を持ち、人生に目的を持ち、適度な運動と栄養そして何より内に閉じこもらずボランティアなど社会参加が大切だと説いている。しかし、それが実践出来るということは、まだ高齢者ではないということであり、若さを保つには歳をとらないことが大切だと、説いているようなものである。アンチエイジングという用語はまさにそれを表している。そうはいうものの確かにそのアンチエイジングを実践できる人もいる。三浦雄一郎氏などは良い見本である。そんな見本を目のあたりにし、「わたしも頑張らなければ」ということばをよく耳にするが、ほんとうに頑張れるかどうか疑問である。それができるのはまだ活力が残っている場合に限られるような気がする。
私の妻は加齢とともに毎年恒例としていた春と夏の旅行も面倒くさいとして行かなくなり、買い物もすべてメモを私に託して任せきりで、自分はほとんど外出さえしなくなり、数年後にはくも膜下出血で突然なくなってしまった。今から思い返すに、生きる活力が衰えて死に向かって、毎日を送っていたのかと思うと哀れでならない。
古くは、江戸時代にあの「養生訓」を著した貝原益軒は、あの有名な著作を発表した翌年に妻を病で亡くし、すっかり意気消沈して、家に閉じこもりがちになり、翌年には本人も亡くなってしまった。健康・長生き指南書を書いた本人が2年後には亡くなってしまったことになる。如何に生きる活力が生き抜くために重要なことであるかが解る良い事例である。
私自身も、独居老人生活で、日々活力の低下を実感しながら生きているということは、妻と同様ひたすら死に向かって歩んでいるのであろう。
かくいう私であっても、おいしいものを食べると心から満足感が得られるし、自分で作った会心のできのつまみで好きなビールを呑むときには、大げさに言えば生きていて良かったという思いさえする。また、農園では、雑草や病害虫との戦いで作物を守るのは、我が子を守るような心境に似ていて、自分の疲労や気力の衰えを超えた使命感さえ感じる、暑い夏の日に、雑草をとっていると、あまりのつらさに死ぬかも知れないということを思うことがあるが、「それも仕方がない」という気にもなる。人は、「そんなことなら買ったほうが安い」とか、「それほどまでして作らなくても」とかいうが、今のところやめるつもりはない。
しかし、年々その気力が衰えてきたことを実感する。しずかに死に向かって歩んでいる証かも知れない。
以上