野沢菜
信州名物、野沢菜漬けを、自家栽培でもうかれこれ30年以上楽しんでいる。冬の漬け物として、たくあんとともに欠かせない楽しみである。
スーパーなどで販売されているそれは、色は緑色で一見おいしそうであるが、本来のそれとは全く異なる偽物である。本物のそれは、スキーで信州を訪れた民宿などで、樽から出したばかりのそれでしか味わうことはかなわない。漬け物樽から出して時間経過とともに味が変化するためである。
したがって、本物の味を味わうためには、自ら栽培し自ら漬け込むしか術はない。
何故、野沢菜にこだわるかというと、その上品なうまさである。高菜漬けも旨いが、ちょっと下品であり、野沢菜にはとてもおよばない。
野沢菜の起源はそもそも、信州野沢温泉村にあるお寺の住職が、京都へ修行に行った帰りに、京都の菜の種を持ち帰り、寺の庫裏に蒔いたところ、冬前に急に丈が生長し、現在の野沢菜が誕生したと伝えられている。そして、その種の保存のため、現在でも山で隔てられ、他の種と交配しないように栽培が続けられている。そのため、野沢温泉村の農協では、種を一合120円で購入でき、余りの安価に驚いた経験がある。
野沢菜はおいしさばかりでなく、カリウムが豊富でほうれん草の6倍もあると何かで読んだ記憶がある。おいしさの根源はそれなりに理由があるのかもしれない。
野沢菜漬けは、漬け物としての楽しみのほか、古漬けになり茶色になったころ、刻んで油炒めにしたものは、この世にこれ以上旨い物はないと思うほどであり、それは、信州名物おやきの具としてももてはやされている。信州へ帰省する度に、おやきを購入して食するが、昔の子供の頃に食べたものには遠くおよばない。それは、漬け物に大量の塩を必要とするが、安い精製塩を使用するためと思われる、私の自家製では、伯方の塩を使用しており、全く味が違う。
野沢菜は本来、12月になると急に冷え込む気候が生み出すものであるが、こちら、関東で栽培すると、成長はするものの、あの、ヌルッとした柔らかさは実現できず、少々の堅さは我慢しなければならないが、あのおいしさだけはかみしめることが可能だ。
今、毎日の食卓がとても楽しみである。この経験を、ほとんどの人が知らない。もったいない話ではある。