マイナス金利の衝撃

 

 とうとうこんな時代が来たかという感じがする。デフレ脱却のために、アベノミクスは低金利を柱とする金融政策を続けてきたが、まだまだ足りないということだろう。日銀黒田総裁は「あらゆる施策をとる」と公言していたから、その一つであることは確かである。

 「三本の矢」が効果を発揮すれば、マイナス金利なんかは必要ではないはずだが、二本目の矢の機能的な財政政策も三本目の矢の民間投資を促す成長戦略も、従来からやってきたことを、さらに推進すると謳っているだけで、それらが行き詰まった結果、20年にもおよぶデフレから抜け出せないのではないだろうか。

 そもそも、日本には、1700兆円にも及ぶ、個人資産が存在している。これが活かされて使われていないということだ。昔だったら、預金金利は6%程度で、銀行貸し出し金利は8%程度で、その差2%程度が銀行の手数料といった具合に、世の中は発展してきた。

 8%で企業は借り入れても、事業で利潤を生み出すことができた。その事業は当然社会が求めるものを供給するモノだったはずだ。家電、自動車、住居や、サービスなどもあっただろう。それらがすべて充足されてしまったら、需要は生まれない。しかし、人間は新たに生まれるから、充足してしまえば終わるという種類のものではない。

 子供から老人までがすべて豊かになり、充足してしまえば、確かに需要はなくなるだろうが、果たして、現在はどうだろうか。若者が、低所得で結婚も望めないとか、子供の貧困、下流老人などが社会問題になってさえいる。

 お金が必要なところへ回らない社会構造になってしまっているということだ。アメリカでは1%の人間が99%の富を独占してしまっているといわれている。この問題に問題提起して、今回の大統領選挙に立候補したのが、サンダース候補だ。従来だったら、社会主義者のレッテルをはられ、立候補さえかなわなかっただろう。現在、アメリカの貧困層には、「フードスタンプ」という食料切符が支給されており、食べることだけはなんとかなるという。その数は5000万人だというから、ほぼ人口の20%にも及ぶ。最近、企業のリストラで、これまで中産階級であった人達も、フードスタンプ(月100ドル程度)のお世話になっているという。

 日本ではどうかというと、生活保護というのはあるが、その数は170万人というから、1%程度であるが、その額は月12万円にも及ぶので、比較にはならない。

 生活保護を受けるには、厳密な審査があるから、もし、受けられなければ、ジャンバルジャンではないが、コンビニにおにぎり強盗に入るしかない。事実、高齢者の再犯者は、刑務所の方が、何の不自由がなく生活ができるとの理由が多いという。

 このように見てくると、アメリカでは無収入でも、なんとか食べることだけはできるが、日本では罪を犯して刑務所のお世話になるしかないようだ。

 働いて収入を得ようとしても、働き口がなければ、即、生きてゆけなくなるという社会はどこかまちがっていないだろうか。

 生きとし生けるもののなかで、ただ、食べるだけでも、労働とそれに伴う収入がなければ、生きることさえかなわないというのは、人間だけである。本来、食べるだけであったら、働こうが働かなかろうが、出来ないような社会構造はまちがっているはずである。働き者のアリでさえ、23割のアリは全く働いておらず、その方が群れとして存続に有効であることがわかったそうである。アメリカのフードスタンプ取得者の割合と奇しくも一致している。

 ところが、人間社会は貨幣経済で成り立っているため、1700兆円もの資産がありながら、明日食べることができない人がいるという矛盾を生み出してしまっている。

 しかし、アメリカのビルゲイツは資産の95%を慈善団体に寄付すると宣言しているし、あのジョージ ソロス氏は自身で慈善事業を行っている。少しは貧困層へ還元されるシステムが自然発生的に生まれている。これでこそ人間社会であろう。

 日本では、相変わらず経済発展を目指すアベノミクスにこだわっている。

 経済成長ではなく、上手なカネの使い方ではなかろうか。

 では、どうしたらよいのだろうか。言ってみれば、2割程度の働かないひとが、生きてゆける社会構造を構築することだ。難民センターのようなものであり、ヨーロッパの難民問題は、このことをいやでも考えざるを得ない状況を示している。

              以上