あと何年

 

 あの「吾亦紅」の作詞、作曲のちあき哲也、杉本真人のコンビが世に送り出したが、あまり知られていない歌に「銀座のトンビ」というのがある。わたしに言わせれば、「吾亦紅」よりメッセージ性に富み、しかも、調子が良く、歌っても楽しい歌なのに、なぜ、流行しないのか不思議でならない。わたしは、最近は好んでこの歌をカラオケで歌うが、あまり皆さんにはなじみがないようではあるが、おじいさんとおばあさんばかりなので、その雰囲気は結構受け入れられているようである。

 「あと何年、おれは 生き残れる」から始まり、「今まで超えてきた、してきたことに、悔いはなくても」「ときに昔の泣かせた誰かの傷が、胸のあたりにチクリチクリ」のあたりでグッとくる。若気の至りは、歳をとってからは、思い出す度に「チクリチクリ」である。

 そして、「あと何年、あと何年、あと何年だとしても、」「おれは、おれのやり方で、お祭りやってやるけどね」と明るく悪びれない明るさがある。

 この歌には、過去とこれからの未来とのつきあい方に、多くの示唆がある。過去にとらわれることなく、未来に対してはあくまでも自分のやり方で貫いてもいいんだというメッセージを、明るいリズムとメロディーで歌い上げている。

 あと何年と自分に問い返してみると、「たかだか十年」という言葉が返ってくる。

 現在の平均寿命は男が79歳、女が86歳と言われている。十年を切ってしまっている。過去を振り返ると十年なんて、つい、この間という感じがする。

 学生時代に、「50歳過ぎてまで生きていようとは思わない」と、よく言っていたことを覚えている。もう、すでに21年も余分に生きてしまったことになるが、その割に切実感がない。相変わらず、ゴルフがうまくならない、野菜が病害に冒されろくにできない、マンドリンがうまく弾けないなど、煩悩に振り回されている。しかし、考えてみると、何とも気楽な煩悩であることか。

 本当に深刻な問題は、「いつ、ボケるかわからない」ということである。最近、テレビで、7年間も身元不明のまま施設で保護されていた老婆が、報道されていた。自分の名前さえも解らなくなってしまうことがあるのだ。もう、他人事では済まない時代になった。明日は我が身かもしれない。そこまでひどくなくても、足腰が衰えて介護を受けざるを得ない状況に追い込まれたときは、どうするのか。それを子供に頼るのは、子供の人生を奪う、場合によってはこの世の地獄にもなりかねない。

 なんとか、介護の世話にならないで人生の終焉を迎えるというのが、現在の最大の人生目標である。そのためには、どのようにすればよいのか。

 介護が必要になるのは、体は健康だが、認知症で、自分の事が自分で処理できない場合と、頭は正常で通常の判断力があるが、体が不自由で自分の事が自分で処理できない場合と、二通りある。体も頭も共に衰えてしまうのは、理想的な老衰であり、介護を必要としても、ごく短いか、あるいはゼロ、いわゆるポックリさんだ。わたしの父はそうだった。85歳の歳の瀬も押し迫った12月20日、米の収穫も終わり、炭焼きなどの冬支度も終えて、夜中の3時頃、寒いから風呂に入りたいと言いだして、風呂を沸かさせて入ったところ、いつまでも出てこない。何とか風呂から出して、寝かせたところ、朝、何時になっても起きてこない。行ってみるとすでに亡くなっていたという。

 なんという理想的な死に方であることか。この父は高齢ながらも一人で農業を続けてきたことが、心身の老化の調和がとれ、眠るように人生の最後を迎えられたのではないかと思っている。私はこの体験談をまとめて、雑誌文藝春秋の「理想的な死に方」についての論文募集に応募してみた。五木寛之氏が審査員だったが、残念ながら入選は果たせなかった。

 「Man  is  mortal」人間は誰でも死ぬものだが、死ぬその日までは心身共に、精一杯活動して行くことが、結果的に、明日死んでも悔いの残らない生活であり、介護も必要としない人生を全うできるような気がする。

 「銀座のトンビ」はちょうどそんな心境を謳っているが、題名がイタダケナイ。わたしだったら、「あと何年」とつけたいところなので、せめて本稿の題名とした。

 それにしても曲の最後の「ワッショイ」の連呼は、もうやけくそみたいで、とてもじゃないが最後まで歌いきることができない。せめて、一発の「ワッショイ」で締めたら、おしゃれでかっこよかったのに、残念である。

http://www.youtube.com/watch?v=yMvpUDVzWww&feature=player_embedded#t=95