中韓歴史認識の壁

 

 同盟国であるはずの韓国と日本の間でいわゆる従軍慰安婦問題がかせとなり、どうしようもない状況に陥っている。そして、当事者である韓国は、すべては日本の歴史認識にあるとして、一切の話し合いにも応じる気配がない。その最大の問題は、日本が太平戦争当時、朝鮮人女性を日本の官憲が強制的に連行して性奴隷として使役したとして、その賠償と謝罪を求めることが、現在の韓国政府はもちろん世論マスコミもそれを煽っている。そしてそれは、アメリカをはじめとする海外の国々へもいわゆる「慰安婦記念碑」を設置したり、漫画による展示会などあらゆる手段を用いて宣伝して、日本がいかに卑劣な国であるかを世界に広めようと躍起になっている。

 韓国朴大統領は口を開けば「歴史を否定する国には未来がない」と言い、それを理由に安倍首相との首脳会談に応じる気配がない。そして当の元慰安婦はいまや韓国の国益を代表する「救世主」のような存在だ。先に訪韓した村山元総理大臣はその元慰安婦に面会して握手を交わしている。

 この様相はまるで韓国が「慰安婦国家」いや「売春婦国家」であるような印象を受ける。

 常識で考えれば、歴史の「恥部」として本来決して表には出ない問題を、このように公然と、政府、マスコミをあげて世界にそれを知らせようとしている。それに対し、橋本維新の会会長や籾井NHK会長が戦時慰安婦は日本ばかりではなく、どこの国にもあったと言っただけで大騒ぎになった。なぜ日本人がどこの国にもあったと発言すると大騒ぎになるかは、官憲が国として強制的に連行したとみなされ、通常の売春とは異なるとみているからであろう。

 本人の意思で応募した場合は「売春婦」であり、国家が強制的に連行した場合は「慰安婦」あるいは「「従軍慰安婦」となる。

 重要なことは国が強制的に連行したという事実があったかどうかである。なければ単なる「売春婦」であるが、あれば「女子挺身隊」と混同するほどの「従軍慰安婦」に格上げされることになる。

 官憲によるいわゆる「慰安婦狩り」がもし事実としてあったなら、当時いくら戦時中といっても、敵国ではなく共に他国と戦争している保護国で、それこそ内乱が起きるほどの大問題であったことだろう。しかし、当時を知るお年寄りがだれも見たことも聞いたこともないと証言している。

 それが歴史的事実として語られるようになったのは83年に、吉田清治なる作家が当時軍の命令で済州島などで奴隷狩りのような強制連行により慰安婦を集めたという体験小説を表したのが最初であった。それはその後創り話だったことが判明したが、91年に朝日新聞が当時を知る元慰安婦が生存していると報じたのが、ふたたび大問題となる契機となった。そのスクープ記事を断罪しているのが。今年3月13日の「週刊文春」である。

 それによると、その記事を書いたのは、上村隆記者であり、彼の妻の母親が日本政府を相手取り慰安婦強制連行の謝罪と賠償を求めている団体の幹部だったという。さらにその後の調査でくだんの女性は養父に身売りされたものだったことが判明したが、とき既に遅く、当時の外交問題にまで発展し、宮沢首相の謝罪と河野官房長官の強制連行を認める発言にまで至ってしまった。

 さらに、この団体は、日本から賠償金がとれることをうたい広く会員を募り会費を集めたが、それが詐欺罪に問われ、今年2月11日に主犯とされる人物は懲役7年6ヶ月の実刑判決が言い渡されたとのことである。ところ上村記者の義母はその団体の会長であるにもかかわらず、無罪を勝ちとったとのこと。共謀の事実が十分立証されなかったからだというが、実は、彼女は反日パフォーマンスで愛国者のイメージがあり、裁けなかったのではという論調もある。

 それにしても、吉田清治氏にしても朝日新聞にしても日本という国を貶める作り話をなぜ敢て事実を装い発表するのだろうか。吉田氏はカネ目当てであろうが、朝日新聞は天下の公器である。上村記者の義母が日本に対する謝罪賠償を要求する太平洋戦争犠牲者遺族会の会長であることがわかったので、義母のための記事だったと考えれば納得がゆくが。それではたして許されるだろうかというのが、3月13日付「週刊文春」の特集記事の内容であった。これでやっと納得できた。

 韓国政府は「歴史を否定する国に未来はない」と常にいうが、真実の歴史をねじまげているのは韓国の方である。強制連行を認めた河野談話にしても、元慰安婦からだけの聞き取り調査だけで行い、しかもその内容もきわめてずさんなものだったことを、当時河野談話作成に関わった石原信雄元官房副長官が国会で証言した。しかも一言一句韓国側の添削を受けていたとのこと。これでこの問題が一件落着するならばとの思いで受け入れたとのこと。そんないい加減なものが歴史として日本の歴史教科書に記載することを、韓国から強制されている。そしてそれは実行されている。しかも一件落着どころか、これが発端になり、現在のような最悪の状態を生み出してしまった。

 日本と韓国の戦時補償の問題は65年の「日韓基本条約」完全かつ最終的に解決されたと明記されているが、先の団体の会長は「こんな条約は千回結んでも意味はない」と言っているとのこと。また、朴大統領は「被害者の苦痛は千年経っても癒されない」と主張している。こんな国に対して千回謝罪しても、千回賠償しても何も改善できないことを物語っている。しかし、こうなったのもすべて日本からの発信が元になっていることが不思議でならない。先方からの告発が発端ではないのである。

 中国の南京虐殺問題にも捏造された歴史という点では似たところがあるが、こちらは日本からの発信ではなく、アメリカからの東京裁判が発端であった。

 これは歴史的には捏造する目的がよく理解できる。アメリカとしてはいくら戦争とはいえ原爆や東京大空襲で非戦闘員の大虐殺をしたことは許されないことは国際公法で定められているので、どうしてもそれに匹敵する大量殺人とその残虐さが必要であったのだ。南京陥落の際、その歴史的瞬間を取材するため、外国人記者は200人ほどいたにもかかわらず、大量虐殺を本国へ発信した記者は誰一人いなかった。

戦後の裁判で初めて取り上げられたものであった。しかも陥落一ヶ月後には、20万人ほどだった人口が30万人近くまで膨れ上がっていたという。その記録が残っているのになぜ20万人虐殺が歴史的事実として通用するのか、不思議でならない。

また、30万にもおよぶ遺骨が見つかったという話を聞いたことがない。

しかし、規模はともかく殺人はかなりあったことは否定できない。というのは、当時蒋介石国民党正規軍は、南京を去り重慶にあったが、残りの部隊は南京に留まり日本軍に抵抗を続けていたものの、それは正規の軍服姿ではなく、一般民衆を装っていたため、殺された姿写真はすべて一般民衆の服装(当時便衣隊とよばれていた)であったことから、後の虐殺の根拠となったことが容易に想像がつく。このようなことは再発を防ぐため、必ず見せしめという要素が加わりやすいので、虐殺という想像につながりやすい。

いずれにせよ、30万にもおよぶ虐殺をその証拠を示すことはいともたやすいことであるが、いまだ写真くらいしかないとは。しかも、その写真もその後の調査で別の現場の写真であることが次々に判明している。歴史というものは、起きたことを証明するのは極めて容易であるが、起きなかったことを証明することは極めて困難なことなのだ。

中国も韓国も対戦後のドイツに学ぶべきと主張しているが、ユダヤ人虐殺と通常の戦争となぜ同一視するのだろうか。同一視するためにはどうしても虐殺の要素と強制連行は譲れない要素なのであろう。両国にとってこの2要素は核心的利益なのであろう。したがってこれは謝って済む問題ではなく、永遠に続くことを覚悟しなければならない。

現に評論家桜井よしこ氏の調査によれば、中国に対しては、政府あるいは政府関係者によってすでに56回にわたって謝罪されているとのこと。謝って済むのではなく、次は「誠意を示せ」ということになるのである。そしてそれは永久に続くことになる。

 したがって、この両国に対しては、その場をとにかく丸く収めようと情にうったえてその場しのぎの対応をするのではなく、歴史的事実と判明していることのみを前提に付き合ってゆくしかない。そんな当たり前なことができないのは、両国が捏造された歴史をあらゆる手法を使って世界に広めようとしているからである。それを招いたのは日本のその場しのぎの事勿れ主義が一因だったことも否定できない。