交通事故の顛末

 

 自動車運転免許を取得して40年間無事故無違反、もちろんゴールド免許を維持していた私が、はからずも免許停止の行政処分を受けるような事態を発生してしまった顛末をここに明らかにするつもりだ。

 それは5月16日夕方のことであった。通いなれた、狭い、すれ違いのできない、見透視の利かない交差点に差し掛かったとき、右折しようとすると、右方向から車が来たため、仕方なく右方向に曲がりかけた車を、バックして、右方向からの車をやり過ごそうとした。鼻先を元に戻すだけだから、わずか2mそこそこもバックしないうちに、後続車からのクラクション合図があり、あわててブレーキを踏んだが、こちらの車の後部に装着していたスペアタイヤが後続の軽自動車の右前方のボンネットに当たり、5cmほどのくぼみをつくってしまった。後続車の運転者は60歳の婦人であったが、幸いにも怪我もなかったということで、こちらの後方確認不足だったことを認め、修理代は全額負担することを申し出た。

 早速修理工場へ出向き、修理の相談をもちかけたところ、工場の方は親身に相談にのってくれ、あとあと問題を残さないためには、医者にもちゃんと診てもらったほうがよいこと、それには保険会社に連絡をとって、保険適用のほうが安心なことをアドバイスされた。

 そこで保険会社に連絡をとると、念のため医師の診断を受けたり、1〜2週間程度の治療程度であれば、物損事故でも負担可能であるから、とりあえず、警察へ物損事故届けを出すようにという指示を受けた。そこで私は考えた。警察や医師という第三者の冷静な判断が介在したほうが、公正な判定が下され、あとあと問題を残さないためには有効な方策だと思い、警察に出向き物損事故の届けを出そうとしたところ、被害者のご婦人が、なんだか首が痛いと言い出してしまった。警察の係官は医師の診断を受けるのであれば、物損事故ではなく人身事故だということになってしまった。しかしいずれ医師の診断を受ければ、異常なしの診断が降りるに違いないと思い込んでしまった。しかし、それでも不安で、現場検証が終わった後、警察へ再度出向き、人身事故ということになっているが、医師の診断の結果異常なしということになれば、物損事故に変更してもらえるのかどうかを問いたところ、担当係官は別件の取調べ中で替わりに他の署員が、怪我がなければ当然物損事故になりますよ、ということであった。それを聞いて安心して帰った。

 翌日被害者のご婦人は、医師の診断の結果、2週間の加療を要すという診断書を警察に提出してしまった。専門の医師の診断も、本人が痛いという以上は、異常なしという診断は決してないというのは、先に交通関係警察官を退官した兄の話であった。

 私としては、第三者の専門の警察と医師に冷静な判断をしてもらうつもりが、すべて裏目に出てしまった。被害者のご婦人も、医師の診断があれば保険でこれまで受けてきた針治療費が出るものと思ったようだが、保険会社から、医師の針治療を要すという診断書がないと出ないと知り、その針治療費の数回分を私が負担することにより、医師の診断書を取り下げてもらうことに話がまとまった。しかし、警察では本人が警察に出向き診断書の取り下げを申し出るも、コンピュータに入力してしまったから取り消せないの一点ばりで、取り付く島がない。事故発生からわずか2日後の話である。

 届けとは本来当事者が提出するもので、それに間違いがあった場合には取り消しができないということはどういうことであろうか。しかも、当事者の意図するものとはどんどん別な方向に事態が進展してゆく。それが専門家によるより厳正な判定の結果ならともかく、実態から離れる一方である。しかもそれによる違反点数4〜5点が科されることにより、これまでの違反点数3点に加算され7〜8点になり、30日免許停止の行政処分が来ることも明らかになった。

 この話をゴルフ仲間で各方面で活躍中の諸氏に相談してみたところ、それはどう考えてもおかしいとのことであった。

 そこで再度警察へ物損事故への変更をお願いの電話をしたところ、子供じゃあるまいし、正式に提出した書類を変更したいからといって、ああそうですかというわけにはいかないのだ。じゃあ、なぜ人身事故届けを提出したのかと問われ、専門官と専門の医師の判断を仰ぎたかったからであり、その結果、軽微であることが、判明したから当事者同士で話し合い、物損事故に変更したいのだと、30分ほど激しくやりとりした。こちらとしては訴訟まで辞さずという覚悟があったため、それでは正式な手続きはどうしたらよいかの質問に、当事者同士の示談書があれば、ということになり、そんなことなら最初からそういってくれればよいのにと思ったものである。

 ところが、その夜示談書を携えて警察へ出向き、被害者のご婦人を迎えるために外へでていて、来ないので署内に戻ってみると、たまたま、担当係官が上司に今回の件を説明しているところを聞いてしまった。「そんなことはできないと断ってしまえばよいのだ。そんなこまごましたこといちいち対応していられないだろう」。あたかも、そんな暇があったらほかの仕事をしろと言わんばかりであった。担当係官は、私が聞いているのを見て、「本人が示談書を持って今、署に来ているんです」といっても、上司の剣幕はとまらない。しかし、担当官はじっとがまんして、30分も経過しただろうか、結局、署長の判断を仰ごうということに納まったようであった。普通の係官は上司にも相談してみたが、やはりできないと言ってしまうところであるが、なぜにそんなにしてまで私のためにがんばってくれるのか、驚きとともに深い感謝の念がこみ上げてきた。

 結局、その2日後担当係官から呼び出しがあり、示談書とともに物損届けへの変更依頼文書を所長宛に提出するのではなく、上申書という形で出すよう指示があり、その文案まで作成してくださった。

 また、担当係官の説明によると、物損事故で届けが出されたものが、後遺症が明らかになり人身事故の変更することはよくあることだそうである。それならば、人身事故を物損事故に変更することだって、そんなに無理なことではないように思うのだが、前例がなかったということかもしれない。

 それにしても、上司にあれまでいわれながら、よくこちらの願いを聞き届けてくれたものだと、あの係官に感謝せずにはいられない。最終の上申書を提出した折に、わが自給自足農園でできた新タマネギをお持ちしたけれど、受け取ってもらえなかった。しかし、「気持ちだけいただきます」の言葉に、新鮮であたたかい心遣いを感じ、たいへん後味がよい気持ちで警察署を後にすることができた。

 そういえば、警察署長の後ろの壁に署訓が額に入れて掲げられていた。

 いわく

一、怒の心

一、誠実

一、公正

 今回の交通事故の処理の過程でこれらのひととおりを味わったような気がした。

 物損事故だけならば、たぶん違反点数もつかないだろうとのこと、これで免許停止は免れた。それにしても、5cm程度のへこみを作った程度の事故で、これほどのおおげさになるとは、初期の対応がいかに大切か、大変勉強になった。

 それより何より、安全に万全を期すことである。考えてみれば、少々慢心しているところがあった。すでに科されている違反3点にしても、田んぼの真ん中の交差点で車が1台も見当たらないため、青に変わるのも待ちきれずに発進してしまったら、後続車のその後ろにパトカーがいて、直ちにつかまってしまったこと。もうひとつは、ほんの2〜3分のところでの待ち合わせ場所に出向く途中の一般道でシートベルトをしていないため、つかまったものである。安全には万全でも、つかまらないことには万全ではなかった。40年間無事故無違反だったのが、この一ヶ月の間に、免許停止寸前まで行ってしまうなんて、いい勉強になったと捉え、今後死亡事故などの重大事故を起こさないための、戒めとすべきであろうと考えている。

 

最終結果

1.保険会社負担     (1)医療費     52000

             (2)車両修理費   138000

             (3)代車費     32000

2.自己負担          鍼治療費    21000

           完