どうする北朝鮮

 ブッシュ大統領から悪の枢軸と、名指しで非難された北朝鮮は、金正日体制を維持するために、核開発という最後のカードを切ってきた。すなわち、体制の保証がなければ核兵器の開発を行うという脅しであるのだが、開発するという脅しだけでは効き目がないとみて、すでにプルトニウムを取り出す燃料処理に着手したと非公式ではあるが認めた。

 アメリカとしては、そのようなことをする金正日体制が悪の枢軸たる所以であるのだから、その体制を保証することなどあり得ない。したがって、脅しはエスカレートして行き、行きつくところまで行けば、核戦争という結末を迎えるしかない。これはチキンレースにたとえられ、どちらが恐怖に耐えられるかの我慢比べにになっている。核戦争を行うわけには行かないからどちらか臆病な方が折れて相手側のいいなりになるしかないということだ。

 それではブッシュ大統領と金正日とどちらが臆病かというと、通常兵器なら北が折れるしかないが、核兵器を前提にすればアメリカが折れるしかないのではないだろうか。

 金正日はそのために国民を飢えさせてまで、核開発になけなしのお金をつぎ込んできたのだ。まず体制維持の保証が得られたら次は経済支援だろう。それはアメリカに対してではなく日本の植民地支配に対する補償という形で要求してくるだろう。その要求を拒絶することは宣戦布告とみなすなどと言って核兵器使用をちらつかせることになる。

 そんな理不尽なと言っても、北朝鮮はそれしか生き残る道は残されていないのだ。

現代の北朝鮮の産業は、核兵器、ミサイルしかなく、経済は麻薬、にせドル紙幣とマンギョンボン号で日本から違法に持ってくるお金に依存するしかないのだ。

 なぜこんな国になってしまったのだろうか。その答えは金日成と金正日親子に求めることは簡単だろうけれど、かれらだって好き好んでそんな道を選択したのではないだろう。

 ソ連と中国の援助だけで生きてきた国が、援助が途絶えれば、生き残るために何でもできることことに手を出すのは自明である。本来なら工業立国を目指すのだろうが、ソ連、中国の技術ではとてもじゃないが生き残れない。かといってアメリカや日本に技術援助を要請するわけにもいかない。仕方ないから麻薬や偽札、そして日本からの脱税によって溜め込んだ日本円を朝鮮総連経由でマンギョンボン号でせっせと運ぶしかないということになる。そしてそれにイチャモンをつける国に対しては核兵器で脅せば何とかなるという算段だったのだろう。

 このような国と対話によってほんとうに核開発放棄や拉致問題の完全解決が期待できるのか、きわめて疑問である。対話によって解決するためには完全に北朝鮮の言いなりになるしかないが、その場合、拉致問題は現在の帰国を果たした5名とその家族どまりであきらめるしかない。その場合でも核開発を止めることはできず、核兵器の小型化とテポドンUにより、事態はさらに深刻さを増すだろう。

 2月にマンギョンボン号が新潟港に来た時に、荷物の積み込みの状況がテレビで報道されていたが、そのなかで、白菜、タマゴなどの農産物、畜産物が大量に運びこまれていたのを見て驚いた。ハクサイ、タマゴなんて北朝鮮の方が産地でむしろ輸出するくらいであるはずなのに、日本から持っていかなければならないということは、おそらく金正日とその側近のための食料だと想像できる。それらも朝鮮総連が食料品を購入して送りこんでいるうちはよいが、それだけでは不足する場合は、畑へ行って直接農作物を盗み獲って、工作船で輸送するしかなくなるであろう。季節の果物、サクランボ、ナシ、ブドウなど相当規模で盗難に遭ったことがあったが、今後ますますひどくなるはずだ。

 こんな国と本当に話し合いが可能なのだろうか。

 先の自民党総裁選の応援演説で、石原都知事は日朝交渉の下工作を行った田中均氏の自宅に発火物を仕掛けられた事件について、当たり前だという趣旨の発言を行ったところ、政府関係者をはじめマスコミもこぞって、テロ容認発言だと攻撃した。

 石原都知事が弁解するまでもなく、テロを容認したのではなく、田中氏の行った行為を攻撃したはずなのに、マスコミはその論議を深めることなく、テロ容認発言のみを攻撃の対象としていた。大新聞やテレビが紙面や番組を発言の趣旨に対してではなく、表現方法のみを問題にしているような国が、北朝鮮のような独裁国家とやり合えるだろうか。

 先の6ヶ国協議においても、拉致問題の解決を持ち出したところ、「すでに解決済みだ」として取り付くシマがなかったのに、翌日になって「拉致問題を含めて一つ一つ問題を解決して行く」と軟化したのは、金正日から直接指示があったからに違いない。

 このように独裁国家においては、独裁者本人と直接交渉する以外、誰と交渉しようが無意味である。その独裁者が冷静な判断ができない、半狂人のように言う人もいるが、 過去に金正日と直接会談したカーター元大統領やオルブライト国務長官の、金正日の印象は、報道されているようなわからずやではなく、理性をもって冷静に会談ができる人物だったという。このことからも、金正日以外のどんな代表と交渉しても意味がないといえる。

 しかし、前回の米朝枠組合意のように、約束したからといって相手はそれを遵守する保証がないことがわかっている場合に、協議は意味があるのだろうか。

 今回金正日が拉致を認め、5人の一時帰国を認めたのも、子供さえ残しておけば、必ず5人は一旦戻るだろうから、その時点で、本人の意志を確認したところ朝鮮に残りたいといっていると公式発表し、以降情報遮断すれば、解決したと言い張ることができるという作戦だったに違いない。にもかかわらず、日本の一部識者のなかには、一旦帰す約束を守るべきだと主張する人がいるのは、あちらのまわしものか、よほどのお人よしだろう。日本は戦後あまりにお人よし文化が根付き過ぎた。憲法の前文に「平和を愛する諸国民の公正と正義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とある。つまり日本から何か悪さを仕掛けない限り安全が保証されるということを意味している。だから、拉致が明らかになってもなお、拉致はテロであるというのに躊躇したり、拉致問題解決に「対話と圧力」から圧力を削除しようとしたり、拉致国家に対してさえ、公正と正義を信じているお人よし国家になってしまった。

 なかにはそのような国家にはもっと強硬に対処すべきだとの意見もあるが、ノドンミサイルが100基以上も日本を標的にしている国に本気で強硬に対処できるだろうか。

「経済制裁は宣戦布告とみなす」とすでに脅しをかけているのに、甘く見るのはあまりに無謀であろう。

 北朝鮮政策はよく「北風政策」と「太陽政策」に例えられているが、見当違いもはなはだしい。旅人のコートを脱がすのと、核武装を放棄させるのとは訳が違うことは当然だが、温情をもって接することは、現体制をより強化するだけであって、より核武装を進めることにしかならない。金大中の太陽政策の結果を見ても明らかだ。単に5億ドルを貢いでその見かえりにノーベル平和賞をもらったに過ぎず。核開発、ミサイル開発はより進展した。米中枠組み合意も同様である。

 このように強硬策も温情策も問題解決には無力だとすれば、どうすればよいのだろうか。現に日本政府は「ねばり強い交渉」と称して、ひたすら様子見に徹している。それを見かねた石原東京都知事が過激な発言を行うと、発言がテロ容認だと大騒ぎする。どうして日本はこんな国になってしまったのだろうか。