おっかなびっくり

“おっかなびっくり”という言葉を久しく使ったことはなかった。子供の頃はよくつかったものだ。生まれ故郷の信州上田では子供の頃からよくつかった言葉で、とても雰囲気を持っており、方言の極致とも言えると思っている。同じような雰囲気を持った方言で、“しょうしい”というのがあるが、身をよじるほどの恥ずかしさを表現しており、やはり方言の極致と言える。

なぜこんな言葉を思い出したかと言えば、先日所属するマンドリンサークルで、マンドロンチェロという楽器を担当しているのだが、その日は、三人いるパートが二人休みで、一人で弾くことになってしまった。いつもの曲をいつものように弾けば良いのだが、のびのび弾けず、音も頼りなげな音しか出ない。この不思議な感覚は何だろうかと思ったとき、子供の頃よく使っていた“おっかなびっくり”という表現がピタリであることに気がついた。

楽器を“おっかなびっくり”弾いていては、とてもじゃないが音楽表現にならない。「題名のない音楽会」というテレビ番組が好きでよく見るのだが、各楽器の名演奏者のなんと自信に満ちあふれた演奏であることか、“おっかなびっくり”の正反対である。

そんなわけで、私の学生時代からやってきたギターについてネットで検索してみたら、新堀ギター楽団の演奏では、大きく体をゆらし、時には笑顔さえ見せながら演奏をしている。アマチュアの楽団だったらこれが本来の姿かもしれない。

おなじパートが一人ではない場合にはかなりのびのびと楽しく演奏できるのに、一人ではなかなかそういかない。まして、その人がプロ並みの演奏者であった場合は、より楽しく弾ける。私のパートは幸いにもそれに該当する。あるとき、早稲田のマンドリンサークルOB会の演奏会で、プロの奏者を招いての記念コンサートを聴いたことがある。そのパートは10人以上いたのだが、そのプロが一人で演奏しているように聞こえ、とても迫力があった。たぶん、その他大勢がそのプロの演奏につられての演奏であったにちがいない。

先日私どものサークルと同じような近隣の町のマンドリンサークルの演奏会に行ってきたが、皆さん“おっかなびっくり”の演奏で、拍手はしても、感動の拍手というよりは激励の拍手の要素が濃かったような気がする。他山の石としなければならない。