聖書と進化論

最近、コロナウイルス騒ぎで、いろんな行事が中止となり、たいくつなため、ユーチューブでいろんな検索を行っていたところ、高原 剛一郎氏の聖書の講演が、現代の国際情勢と絡めながらの解説がおもしろく、いくつも見てしまった。聖書の中の旧約聖書は、未来を予言しており、その通りだという。たとえば、ユダヤ民族を受け入れる社会は発展し、排斥する社会は呪われるとあり、スペイン、ポルトガル、オランダ、イギリス、アメリカと歴史上繁栄した国はすべて、その年代にユダヤ民族を受け入れてきたという。日の沈まない国として有名だったイギリスは、当時、ディズレリー(Disraeli)というイスラエル人の首相の時代で、名前もイスラエルそのものだと解説している。

旧約聖書については、過去に、「聖書の暗号」という本を読み、その内容に驚き、このホームページでも取り上げたことがあったが、それはドロズニンという人が著した本であったが、日本人の久保 有政という人がそれを検証した結果、事実であったということを思い出したので、改めて検索してみたら、やはり、多くの聖書解説が存在した。改めてそれらを読んでみると、旧約聖書の創世記で神が天地創造とアダムとイブを作ったことの解説の中で、生物進化では人間は絶対生まれないことを説いている。

子供の頃に、ダーウインの進化論で、生物はごく簡単な生物から、少しずつ進化して、人間も北京原人や、ネアンデルタール人などの原始人を経由して、現代の人間となったと学んだ。その教科書には、馬が短足のロバなどを経過して、現代のサラブレッドになるまでの経過を挿絵で示されているのを覚えている。それでは、キリンは少しずつ首が長くなったのであろうかと、疑問に思ったのを思い出した。

氏の解説によると、種の遺伝はすべてDNAにより決定され、DNAの複製ミスはあっても、新たに複雑なDNAが追加されることは絶対にないという。もっともなことである。

複製ミスは、しばしば、遺伝性欠陥を生むが、まれにはそれが欠点ではなく、長所になるかもしれないが、所詮それまでであり、新たな種が生まれることはないことは、明らかである。いまから考えると、進化論というのは、DNAが発見されるまでの理論であったのではないだろうか。

それは納得できたとしても、それではその複雑なDNAを設計製作したのは誰かというと、それは神にしかできないと言われてしまうと、行き止まりで、何も明らかにされなかったことに等しい。

疑問に思い、さらに検索すると、林 浩司氏の古代シュメール人は、ニビル星から来たエイリアン(異星人)によって作り出されたという。解読された、石版に刻まれたくさび形文字で書かれた「ギルガメシュ叙事詩」でも、主人公のギルガメシュが2/3が神で1/3が人間であると記されているという。そして、そのギルガメシュに求婚したの、愛と戦争の神イシュタール(シュメール名イナンナ)は日本から、やってきたと説明している。日本に伊那、恵那が存在することからも傍証であるとしている。ここまで来ると、“ほんとかいな”となるが、縄文時代の土偶と古代シュメール遺跡の彫物は酷似していることは明らかであるという。それはさておき、異星人を神として扱っており、神は不死であり、ギルガメシュも不死を望んだがかなえられなかったとある。

そのあたりは、日本の「古事記」と良く似ている。日本民族の始祖と伝えられている、神武天皇の祖祖父のニニギの命も、イワナガ姫ではなく、コノハナサクヤ姫を伴侶として選んだために、桜の花のように華やかな繁栄は約束されるものの、その命は永遠ではなく、はかないものとなったと、古事記にある。結局580年の生涯だったそうである。

神であったら、永遠の命は当たり前であり、人間の我々が考えるから、命は有限としか判断できないのではないだろうか。

人は人智を越えた現象を目にしたとき、よく、「神の仕業」という言葉を使う。それは人間の現在の、現有の頭脳で判断するからであろう。たとえば、ストーンヘンジ、やモアイ像、ピラミッドなどの巨石文化や、マチュピチュなどの石工技術、ナスカの地上絵、UFO、ミステリーサークルなど現代人の頭ではとうてい想像できない実例が、世界には数多く存在する。

古代シュメール文明では、太陽系惑星が、冥王星まで存在することが知られており、現代の60進法もシュメール文明が始まりだそうである。肉眼では見えない海王星や冥王星がどうして知られていたのか、神の存在としか言いようがない。神というよりは、それを可能とした何らかの存在、たとえば、地球外生物、異星人(エイリアン)と言っても良い。

たとえば、インカ以前のカルカス文明を築いたのは、長頭頭蓋骨を有するエイリアンだったというのは、林 浩司氏の解説である。マチュピチュにも継承されているカミソリ一枚入らないほどの石加工技術は人間業ではない。また、発掘された長頭蓋骨のDNA分析の結果、地球人ではないことが判明したそうである。

そういう人間以外の神に近い能力を有する者だったら、遺伝子操作で人間を作り出すことも可能なのかもしれない。その目的は、自分たちよりちょっとだけ劣り、自由に支配できる奴隷のような者で、アフリカで、金やダイヤモンド採掘のためだったと、林氏は解説している。このあたりは、アフリカが金、ダイアモンドの産地であり、人類アフリカ起源説とも状況証拠かも知れないが、一致している。

それでは、それはいつ頃のことだったのかが疑問になる。

古代シュメール文明は、紀元前2000年頃突如滅亡していることは判明しているから、繁栄は長く見積もっても2000年くらいであろう。その間に大洪水が起きたことも記録に残っており、それは、聖書のノアの箱舟に相通ずるので、信頼に値する。

だったとしたら、旧石器時代とは一体何だったのだろうか。100万年以上昔だという。本当に人類は存在したのだろうか。

しかし、石器時代はあまりに長すぎる。シュメール文明以降の発展速度を考えると、同じ人類とは考えられない。猿だって、棒きれを使うくらいだから、石器を用いたからと言って、人類と判定するのは、短慮かもしれない。そう考えると、縄文時代が長かったことも想像がつく。